博多大黒流
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 2021年(令和3年)の博多祇園山笠はコロナの為、一部の飾り山の建設のみで
舁き山行事は中止となりました。


博多では天正15年の太閤町割以来から商人の町、自治組織としての「流」という町組が存在していました。これは市名に基づく福岡部にはない組織です。太閤町割以前から筑前博多は日本最古の「クニ(那国)」として栄え自治の元、日本の外交の中心として栄えて来ました。そのためその地の利から戦国大名の係争の地として取り合いになり博多は幾度となく焼け野原になりました。
島津軍が撤収した後、秀吉は筥崎宮に逗留し九州ば静定、博多を七つの「流」というブロックに分けてそれぞれに自治を任せ博多の町ば作りあげました。これが博多七流の始まりです。
黒田藩政の時代は町奉行の配下に年行司という役職がありその下にいくつかの町の集合体である「流」というブロックで自治組織ば形成してきました。
その中で「祭り(山笠・松囃子)」もその流単位で執り行ってきました。
このサイトはその博多の町の一つの流「大黒流」の区域内の「町組」の一つ「古門戸町一区(通称古ノ一)」のサイトです。

世話当番町の元、毎年大黒流12ケ町は力を合わせて山笠ば奉納します。
このサイトはそげな博多と古ノ一ば紹介するサイトです。
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