博多大黒流
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山笠豆知識
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ペンギン走り
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十二ケ町
今年の表題
山笠の自治
 

博多祇園山笠は、福岡市の旧博多部を中心に毎年7月1日から15日まで行われる
祇園祭です。

7月の山の時期になったらなんも言わんでもちゃんと毎年、集まってきます。
全国には八坂神社に関係のある「祇園祭」は多数あるとですが、その多くは車輪がついた御神体(曳山、山車、屋台、山鉾と祭りによってさまざまな呼び名がありますが)を曳き廻るものです。
博多祇園山笠は締め込み姿で、車輪のない「山笠」を担(いな)って奉納します。
祇園祭としては特殊な祭りといえるかもしれまっせん。

山笠の起源には諸説のありますが、承天寺(博多区)の開祖・聖一国師(円爾弁円)によって、仁地二年(1241年)に始まったとの説が有力です。当時、博多で流行した疫病封じのために国師が町民に担がせた施餓鬼棚に乗って祈祷水(甘露水)をまいた故事が山笠の起源とすれば、760年以上も続とることになります。

山笠がこれほど長い間受け継がれてきたとは、博多に「流(ながれ)」とよばれる自治組織があったからかもしれまっせん。流は現在も生き続き、各流は毎年祇園大神へ舁山を奉納しとります。
注)大黒流総合サイトより


「山笠櫛田入の図」

しかし古文によれば他の祭り同様な意味合いば持つ起源もあります。
祇園会で神様が本殿から抜け出して、沖浜に泊まられそれば祝うごと「猿楽」やら山車(山笠)ば曳いて祝う行事が「山笠」であるという・・・・
どちらにしても民の年行事の一環として、自治組織により行われてきたことには変わりなく、現在も櫛田神社への奉納行事として執り行われます。

【平成二十四年四番山笠大黒流】
余香馥郁大楠恩(よこうふくいくだいなんのおん)
平成24年度の大黒流世話当番はわが「古ノ一」でした。

当番町はその年の流のお世話ばする町です。

さて5月の松囃子の終わったらもうそん年の当番町(注1)は俄然忙しゅ〜なります。
山小屋の建設位置ば決めたり、いろいろな神事が続き7月1日の祇園入ば迎える前に山のごと(しゃれや無かバイ)仕事の始まります。

ドーナツ化現象で住民の減った町は少なか人数で今年の山ば切盛りせな
いかんけんそら大変です。
ましてや平成18年の当番町の「寿通」は再開発で町自体が行政上は無ぅなっとります。
松囃子、山笠のときだけの町内です。
「もうすぐ当番の回ってくるバッテンあ〜たの町大丈夫な?」げな風に
巷の会話で聞くことのありますね。そげな中我が古ノ一が平成24年は当番町ば務めました。
昨今メディアのおかげで山笠は日本中に有名になり、観光の目玉にもなっておりますが逆に、山笠当番ば切り盛りするとはだんだん大変になってきました。

「山は動き出したら終い」とは良う言われる言葉です。
動き出すまでの段取りはそれは大変なものです。

「ドン」と太鼓が鳴ったら、あとは勝手に山は動きますから



追山終えて受取町まで山送りに向かいます。
表台上がりは受取町総代見送り台上がりは当番町総代(総務)が務めます。もう山笠の当番町の重責は来年の当番町に引き渡されます。
この年、大役ば無事果した青木総務・・さすがに安堵の表情です。。

 
注1)大黒流は12の町で構成され毎年各町が順送りに山笠行事の世話当番ば務めます

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